第十回 平民主義の運動 三(同上)
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第十回 平民主義の運動 三(同上)
 しかりといえども過去はすでに過去なり。あに久しきを保たんか。今日において武備の機関と貴族的の現象とはすでにその宇宙に生出したるゆえんの目的をば達したり。渠輩《きょはい》の事業はすでに成就せり。渠輩の功績はすでにその局を結べり。渠輩はわが社会と人民とをこの位置とこの時節とに伴い来たれり。もはや渠輩はこの世に要なきなり。ゆえに人あるいはいわん、すでにしからばなんぞ潔くその最後を遂げざるや。造化はなにゆえにかかる無用の長物をば空間の世界に竄流《ざんる》せざるか。曰く説あり。遠途の旅客が朔風《さくふう》肌を裂き積雪|脛《すね》を没する万山の中を経過するときには必ず綿衣を重ねざるべからず。実にこのときこのところにおいては綿衣ほど必要なるものはあらざるべし。しかれども春色|靄然《あいぜん》たる平原曠野に出ずるときにおいてはもし何物がもっとも不必要なるいな厄介者なるかと問わば必ずこの綿衣ならざるべからず。しからばなんすれぞこの綿衣を脱せざるか。習慣の人心を纏《まと》うは綿衣の身を纏うよりもはなはだし。すでにこれを知らば過去の抑圧のはなはだしきもまた知るべきなり。しかりといえどもいかなる過去の抑圧といえども人類の自愛心に敵することあたわざるなり。それ人に自愛心あるは物に求心力あるがごとし。それ物体はつねに降下するものなり。しかれどもあるいは軽快なるガスの作用を仮るところの軽気球のごときは空中を飛揚することもあるなり。しかれどもこれ例外のみ。軽気球といえどもその作用終わればたちまち求心力の権威のもとに降服せざるべからず。あるいは人為の仮設の作用のために自愛心の活動を制するがごときことあるべし。しかれどもこれまた例外のみ。いかなる威武といえども、いかなる尊厳といえども、いかなる富貴といえども、いかなる誘惑・迷妄・偏僻・陋習《ろうしゅう》といえども、いずくんぞその鋒に敵することを得んや。自愛心の向かうところは天下に敵なし。それ黒雲日光を蔽《おお》うとも太陽は依然として雲間に存するなり。しからばすなわちまたいずくんぞその全勝の近きにあるを疑わんや。吾人はこれを信ず。第十九世紀社会の大烈風はすでにかの上古において垂天の雲のごとき鬱々葱々《うつうつそうそう》たる貴族的の大木を抜き去れり。すでに抜き去れり。たとい暫時はその緑色を変ぜざるもこれすでに死せる材木なり。生ける林樹にあらざるなり。実にしかり。それあに久しきを保たんや。ミル氏曰く「わが邦〔英国〕の制度のすでに変革したるゆえん、もしくはまさに大変革をなさんとするゆえんは、哲学者流の力に出でたるにあらず。近時に勃然としてその勢力を増長したる社会多数人民の利益と願欲との力あるがゆえなり」と。ゆえに知るべし。平民主義の勢力を逞しゅうするゆえんは人民の利益・願欲、これが鼓動者となるがゆえなり。貴族主義の萎靡《いび》するゆえんは人民の利益・願欲、これが反対者となるがゆえなり。さればかの英国においても今日においてかの貴族的の現象なる外交政略あるいはむしろ権謀侵掠の政略なるものはひとりマンチェスター派のコブデン、ブライト諸氏のこれを攻撃するのみならず、その始めにおいて諸氏が唱えたる白雪陽春の格調は高遠にしてこれを和するの人は少なかりしといえども、その主義は人民の実利実情に伴うたるのゆえをもって、否、むしろ実利実情に基づきたるをもって今はこれに唱和するもの一にして足らず。
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〔註〕スペンサー、ベインらの哲学家を始めジヨン・モーリー、フレデリック・ハリソンその他有名の議員紳士らが一社を結び、非侵掠同盟と号し、去る十五年二月二十二日ロンドンのウェストミンスター・パレス・ホテルにて会盟式を行ないたり。その目的は従来の英国のややもすれば武威を外国に振いて侵掠主義を実施することあるを憂い、なるべくその弊を矯《た》めて四海みな兄弟の交わりをなさしめんとの旨にて、その手段は一に英国政略に注目すべし。二に外交政略には議院の主轄権を拡張すべし。三に外交家の外国人に対して圧抑の手段を施したるものはこれを免ぜしむべし。四に英国臣民保護には兵力を用うるも可なりとの主義に至当の区域を立つべし。五に外人と接するには正道を旨とし蛮民といえどもこれを待するに荒暴の所為あるべからず。六に戦争はなるべく和談仲裁もしくは万国公法の改良によりこれを防止すべし。七に社会公衆に示すに人民の繁栄はまったく文明諸国と平和なると、野蛮諸国と葛藤《かっとう》なきによることをもってすべし。
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 しかしてかくのごときはひとり英国にとどまらず、欧州諸国みなしかり。吾人はその実例の一斑として一八八四年〔すなわち明治十七年〕万国仲裁講和協会第四会議の記事を左に掲載すべし。
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万国仲裁講和協会はスイス国ベルン府において該大学校五十年祭の当日すなわち八月四日かねて約定したるごとく国会議場において総会を開きたり。同会長スイス連邦参議院議官ルーコンネットは開会の祝詞を述べて曰く「戦争は人世中もっとも畏懼《いく》すべき患害にしてその社会を毒することバフイロツキセラ〔害虫の名〕の葡萄樹《ぶどうじゅ》における、もしくはコレラ病の人生におけるよりもはなはだしとす。戦争は必ずしも葛藤を調治しうるの手段にあらず。なんとなれば戦争やむも葛藤は依然相結んで解けざることあればなり。ゆえに列国の葛藤を調和するには仲裁の手段をもってするにしくものなかるべし。かくのごとくすれば一国の兵備は単に国内の平和を維持し、外に向かいてその国の独立を保守するに足るの度に止《とど》まることを得べし」と。ルーコンネットはまた我らのここにこの協会を起こすに至りたるはひっきょう有名なるブルンチュリーの遺志を襲《つ》ぎたるものにして我ら博士の功労を追謝せずんばあるべからずといえり。英国委員長ワドソン・ブラットはますます本会の趣旨を拡張して会員を増加せんことを望めり。仏国委員は当時仏国憲法改正案の討議あるがために代議士として自国の国会に臨席せるをもって本会には欠席せられたり。そもそもこの協会のために計るに各国の都府にその支会を設け百方心力を尽くしてますます輿論《よろん》を喚起し、もって各国の国会および政府にその影響を与うるにしくはなし。しかりしこうしてその事業たるや実に重大至難のものとす。なんとなればその事業は数千百年の慣習を破りしたがって一国内軍務に従事する人々の利益を損すればなり。しかりといえどもこれがためにごうも志を屈撓《くっとう》すべからず。ただ励精もってこれを務むるにおいてはいわゆる正は邪に勝つの理に違《たが》うことなくついにその志望を達するの期に至るべし。英国委員は一八八二年ブラッセル府の会議以来一回も欠席することなく列国の間まさに葛藤の起こらんとするにあたりてその機を失わず。つねに書面をもってこれを調停せんことを務めたり。現にスエズ運河ならびにエジプト事件につきて該委員は仏国委員に照会して目下協議中なり。また英国委員は諸国に向かいてその主義を宣布ししかして職工輩のうちよりことに夥多《かた》の賛成者を得たり。この日ヴュルテンブルグ枢密議官ドイツ国会代議士フォン・ビューレルは全ドイツ国民は均《ひと》しくこれ平和を好む者なれども今にしてその兵備を緩にすることあたわざるは、ひっきょう各国の国民の往々ドイツ国民に反するの挙動あるがためなり。予はドイツ国会において兵備を減ぜんとの建議を提出せしに初めは一人のこれに同意するものなかりしが、その後同議員四十名の賛成者を得るに至れりと。万国平和の主義をとりてこの仲裁講和協会を賛成し近時新たに入会したる人々左のごとし。
ルイス・アップルトン〔英国委員の書記〕
フヒフセル婦人〔ロンドン〕
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ただしこの婦人の目的は今日において各国相競いて兵備を盛んにするはそもそも婦女輩の罪なり。なんとなれば万国の婦女輩同心協力してこれに抗するときは必ず戦争の源を絶つべくしておのずから兵備を要せざればなりというにあり。
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ベーロー・エスローオ〔パリ府〕、元老院議官アルフヒーリー・ドソステグノー〔ローマ府〕、ステルン〔ブカレスト府〕、ル・モンニエー〔パリ府〕、カール・フォン・ベルゲン〔ストックホルム府〕、バイエルン〔コペンハーゲン府〕、リュ・ウェンタール〔ベルリン府〕、ミヘーリス〔フライブルグ府〕
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 すでにかくのごとし。人もし欧州政治の前途はいかんと問わば吾人はただちにその大西洋向岸なる一大平民国を指示して答えんとす。ただかくのごとくならんのみと。実にかの北米合衆国は平民主義運動の先登者なり。かの人民は造物主の選民なり。今日世界の人民に向かってその将来の命運を指定するの標的なり。それ臘梅《ろうばい》の雪中にその※[#「くさかんむり/倍」、第4水準2-86-60]蕾《はいらい》を破るは一陽来復を報ぜんがためなり。今日の世界にかくのごとき社会の生ずるはこれ将来政治の変動を予知せしめてこれが予備をなさしめんがためなり。おもうにその遅速こそあれ、かの第十九世紀の大勢力に敵対して揚々自得するのゲルマン、ロシアといえども、一度はかのポンペイの都府がヴェスビアス山の大噴火のために一夜のうちに忽然《こつぜん》として地中に埋没したるがごとく、意外にもその今日の現象が地球上の表面より散去するの一大奇事の必ず将来の歴史を装うものあらん。これ吾人が今日より断言するところにして吾人はただかの二国の皇帝宰相らがこの危険に遭逢《そうほう》するの準備を今日においてなさんことを祈るなり。
 かくのごとく平民主義の運動は政治の世界を一変せんとするにとどまらず、宗教上にも、経済上にも、文学上にも、学芸上にも、技術上にも、あるいは人類の社交上にも、その感情、思想議論上にもその他の人事の現象のあらん限りはあたかも地球の表面に空気の充満せざるところなきがごとく、至るところ、触るるところ、相化合し相結晶せざるはなく、これを縦截《じゅうせつ》するも、これを横断するも、その経線といい、その緯線といい、みな平民的の現象ならざるはなし。ただかの政治上のごときはことにその著明なる一斑のみ。吾人は一々これを解説せんと欲す。ただ恨むらくはその紙幅を有せざることを。英国急進党の名士モーリー氏は曰く、
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近世の社会は平民的にせよ、もしくは貴族的にせよ、社交・宗教・政治上の大変革の途を踏まざるべからず。このことたるや実に困阨《こんやく》なり。艱難なり。危険なり。しかしてこれ今日の大勢なり。汝は政府を分離し、これを特別一個の物となし今日の雄大深遠なる、勢力の感化をこうむらざるものとなしてこれを論ずるあたわず。西欧の文明は粛々《しゅくしゅく》としてその新舞台に出で来たれり。政府の体裁のごときはその一小部分に過ぎざるなりと。
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 吾人は実にこの人の活眼なるに敬服するなり。吾人は実にこの言の適切なるに感心するなり。欧州の大勢は実にかくのごときのみ。
 これを要するに人類が記憶に存せざる千万年の過去は吾人得てこれを知らず。人類の想像のいまだ達せざる千万年の未来は吾人得てこれを知らず。しかれども吾人が理解と想像との域内にある一幅人類旅行の画図を諦視《ていし》すれば、正々堂々おのずから一定の目的に向かって、一定の順序を踏み、あたかもかの精鋭なる仏国の常備兵がナポレオンの号令に従い行軍するがごとく、朝《あした》にセーヌの河を渡り、夕にアルプスの雪嶺を超え、鉄馬風に嘶《いなな》き、雄剣氷に没するの地を踏み、今やすでにトスカナの原野に達し、青蒼《せいそう》の林、和鳴の禽《とり》、柳暗花明の村落に達したるがごとし。かの往きにアルプスの雪嶺を攀《よ》じたるは今トスカナの沃野に達せんがためなり。武備世界の境遇に入りたるは生産世界の境遇に達せんがためなり。貴族的の現象の社会に生じたるは平民的の現象の社会に生ぜんがためなり。人類をして不自由の世界に孤囚とならしめたるは人類をして自由の郷里に達せしめんがためなり。しかして今や人類の旅行はすでにこの郷里に達せんと欲するの時節なり。いわゆる時節到来の日なり。その歩趨《ほすう》のいっそう快活に赴きしはもとより論をまたざるなり。もし人力にして天体の運動を遮るあたわざるを知らばまた人類の運動を遮るあたわざるを知らざるべからず。四時の循環を支配するは人為の力の得て及ぶところにあらざるを知らば、人類命運の循環を支配するもまた人為の力の得て及ぶところにあらざることを知らざるべからず。けだし人類はかのロビンソン・クルーソーがごとく偶然として絶海の孤島に漂泊したるものにあらず。必ずその目的を有し、すでにしてその幾千年前チグリス、ユーフラテスの河畔にその簡易なる社会を構造するのときよりして、すでに今日の境遇に入り、今日の社会に出でざるべからざる一の命運をばあらかじめ造物主より指示せられたるものなり。かの造物主はすでに人類の先祖が征途に上り一歩を転ぜんとしたるときにおいてはその子孫たる第十九世紀の人類を必ずこのところこのときに達せしめざるべからざるの大経綸をば予定せられたることは吾人が決して疑わざるところなり。しかして吾人人類は百川の海に朝宗するがごとく今やすでにこの命運に※[#「扮のつくり/土」、第4水準2-4-65]湧《ふんよう》し来たれり。今や平民主義の運動は火のごとく、雷《いなずま》のごとく地球の表面を快奔雄走し、しかしてかの生産境遇の必要は人民を駆り、社会を駆り、いかなる人類をもいかなる国体をもことごとくこれを平民的の世界に擠《お》さんとす。これすなわち第十九世紀の大勢なり。ゆえに勢いに従うものは栄え勢いに逆らうものは滅ぶ。

 

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