第三回 腕力世界 一
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第三回 腕力世界 一(第一 外部社会四囲の境遇。表面より論ず)
 第十九世紀の時代においては、四海万国みなわが隣国なることを記憶せざるべからず。しかしてこの隣国の大勢は、実にわが将来の命運を作為する一の要素なることを記憶せざるべからず。しからばすなわちこの隣国の大勢はいかん。これ吾人が今回において講究すべきの問題なり。
 けだし第十九世紀の今日は、実に絶望の時代なり。試みに眼を挙げてわが地球上の四隅を見よ。しかしてことにかの宇内《うだい》の舞台においてもっとも豪胆活溌なる演劇者の中心たる欧州諸国を見よ。道理の勢力薄弱なるそれいまだ今日よりはなはだしきものあるか。強者の権の流行するそれいまだ今日よりはなはだしきものあるか。腕力主義の隆盛なるそれいまだ今日よりはなはだしきものあるか。昔日の世界は野蛮人が腕力をもって開花人を蹂躙《じゅうりん》したる世界なり。今日の世界は開花人が暴虐をもって野蛮人を呑滅《どんめつ》するの世界なり。
 今日において蒸気・電気・鉄・石炭・玻璃《はり》等の大自在力をもって一大革命をなし、世界の表面を一新したるにもかかわらず、哲学・物理学・文学・美術等のごときは実に百尺竿頭一歩を転じたるがごとき、爽快なる進歩あるにもかかわらず、かの便宜主義の統領たるベンサム氏が最大無類の禍害的と綽名《あだな》せし戦争は、いまだその痕《あと》を社会に絶たざるを見るはなんぞや。実にかの欧州諸国はみずからキリスト教国と誇称すれども、いまだ上古の先知者が予言したるがごとく、牛羊とともに草を噛み、尾を垂れ首をたらし、真神の命に柔順なるの猛獅《もうし》にあらざるなり。ルイ・ナポレオンいえることあり。世界の歴史は戦争の歴史なりと。しかしてわが第十九世紀の歴史ははたして戦争の歴史にあらざるか。読者願わくは左の統計表を一覧せよ。
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かのウィーンの条約(按ずるにウィーンの条約は一八一五年欧州諸国の仏国と講和の条約)以来戦争に死したる者大約三百万人に及べり。すなわち左表に揚ぐる計算はやや精細を得たるものなり。
戦争 戦死人 年代
バルカン戦争 一二〇、〇〇〇 1828
スペイン、ポルトガル二国相続戦争 一六〇、〇〇〇 1830-1840
欧州革命 六〇、〇〇〇 1848
クリミア(同盟人) 一五五、〇〇〇 1854
同   (ロシア人) 六三〇、〇〇〇
イタリア戦争(同盟人) 二四、四〇〇 1859
同(オーストリア人) 三八、七〇〇
合衆国内乱(北部) 二〇六、〇〇〇 1863-1865
同    (南部) 三七五、〇〇〇
普《ふ》墺《おう》戦争 五一、二〇〇 1866
フランス・メキシコ戦争 六五、〇〇〇
ブラジル・パラグヮイ戦争 二三二、〇〇〇 1867-1870
普仏戦争 二九〇、〇〇〇 1870-1871
露土戦争 二〇〇、〇〇〇 1876-1877
合計 二、六〇七、三〇〇
今これに加うるに仏のアルジェリーの戦争、英のインドおよび南アフリカ戦争、スペインのモロッコ戦争およびその他の小事をもってせばこの僅々五十年間に戦死したる者けだし三百万人に下らざるなり。(マルホール氏『万国進歩の実況』)
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 シナの聖人は一の不辜《ふこ》を殺して天下を得るもなせずと訓戒を垂れたりしも、実に欧州の帝王宰相らはその児戯にひとしき名誉心を飽かしめんがため、僅々五十年間にかくのごとき莫大なる無病息災、血気まさに剛《つよ》きの活溌男児をば、空しく虐殺せしめたり。いわゆるかのヴィクトル・ユーゴーが「血を流すは血を流すことなり。人を殺すは人を殺すことなり。※[#「會+りっとう」、80-8]手《かいしゅ》の帽に代うるに皇帝の冠をもってするも、兇殺人の性質は更《か》うるところなし」といいしは、もっとも痛快の評にして吾人は実に寒心に堪えざるなり。しかれども戦争なるものはただに人を殺すにとどまらず、また貨財を殺すものなり。孫子曰く、およそ師を興す十万。出征万里。百姓の費、公家《こうけ》の奉、日に千金を費やす、と。しからばすなわちこれらの戦争において欧州諸国が徒費したるの貨財はそれいくばくぞや。吾人は欧州諸国がこれらの戦争よりしてその公債を増加したるの統計を見てほとんど驚愕《きょうがく》に堪えざるなり。
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一八二〇年より同四八年に至る間は一七億二〇万ポンド(大約一ヵ年平均六百万ポンド)を越えたりしがゆえにその進歩の度あえて速やかなりというを得ずといえども四八年以後にわかに勢いを得、その増加は実に驚くべきものあり。(大約一ヵ年平均一億三〇〇〇ポンドの増加)。今左にこの出費のおもだちたる原因を開示すべし。(ただし差表は千位にとどむ)
一八四八年公債高 一、七二〇、〇〇〇ポンド
クリミア戦争 一九二、〇〇〇
イタリア同 一〇五、〇〇〇
合衆国同 四九〇、〇〇〇
ブラジル、パラグヮイ同 八五、〇〇〇
独墺同 九〇、〇〇〇
仏独同 三七〇、〇〇〇
露土同 二一〇、〇〇〇
軍器 一、六〇七、〇〇〇
鉄道・造船所・電信 五七五、〇〇〇
総計 五、四四四、〇〇〇、〇〇〇ポンド
(マルホール氏『万国進歩の実況』)
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 けだし欧州大陸(英国を除き)は一八二〇年においては一人につき三シルリングの公債利子を払いしも、一八八〇年に至りてはほとんど四倍して十一シルリングを払わざるべからざるに至れり。しかしてかくのごとく増加したるゆえんはただ「五七五、〇〇〇ポンド」の鉄道・造船所・電信等のために消費したるもののほかことごとくみな無用なる軍事に消費したるのみ。
 今を去ること一八〇〇年前オーグストス・シーザーがローマ帝王の位に即《つ》くや、その四境を守衛するの兵士は五十万に出でざりしも、今や当時においてローマ帝国の一州一郡たりし欧州諸国の常備軍なるものは、はたしていくばくかある。試みに左の一表を見よ。
国名 人口 常備兵 軍備兵 人口と常備兵一人との比較概算 人口百名につき常備兵の割合
英 三五、二四一、四八二人 一八九、二五二人 六三六、九五一人 一八五人 百分ノ二
露 一〇〇、三七二、五五三 五〇二、七三八 二、〇八〇、九一八 二〇〇 百分ノ二
独 四五、二三四、〇六一 四四五、三九二 二、六五〇、〇〇〇 一〇〇 百分ノ六
仏 三七、六七二、〇四八 五一八、六四二 二、五五〇、〇〇〇 七二 百分ノ七
墺 三七、七八六、三四六 二七一、八三三 一、〇二六、一三〇 一四〇 百分ノ三
伊 二八、四五九、四五一 七一四、九五八 一、九八九、六一九 四〇 百分ノ七
(『万国形勢総覧』)
 吾人はかつてアダム・スミス氏が『富国論』を読み、人口百分の一以上の軍兵を養うの国は衰亡を招かざるものほとんどまれなりとは、これ欧州近時文明人民の通論なりとの言を聞きひそかにその至言なるを感じたるに、今や欧州の現状においてはまったくこれに相違し、百分の一はおろかほとんど百分の七より出ずるものあり。しかしてその欧州全体の兵数を概算すれば九五七万七〇〇〇人に越え、今これを検閲するがため一直線に陳列せしむるときは、その長さ六〇一〇キロメートル(およそ一五三二里)に連亘《れんこう》し、しかしてその前面を通過するには快馬に鞭《むち》うちて疾駆するも十二日六時間を要し、急行汽車をもってするも四日十八時間を要する割合なりと聞く。しかして明治十七年八月万国講和協会の調査によれば、欧州の軍備は平時において三九〇万二〇〇〇人、戦時においては一三八四万一〇〇〇人に上るということなれば、吾人はいずれの統計に従い、いずれの統計に従わざるも、いずれにもせよ、実にかくのごとき兵備なるものはわが第十九世紀の一大奇観というも不可なからん。往古東洋の暴主|秦《しん》の始皇《しこう》は石をもって万里の長城を築けり。しかして今や泰西の帝王宰相らは人をもって万里の長城を築かんとす。あにまた大胆ならずや。そもそも欧州の帝王宰相らはなんの必要ありてかくのごときの莫大なる常備兵を養うか、吾人があえて解するあたわざるところにして、もしそれ必要ありとせばもってわが社会ははなはだ険悪なるを証すべく、もしまた必要なしとせば帝王宰相らのはなはだ好事家たるを異《あや》しまざるを得ず、ああこれまた第十九世紀の文明なるか。
 かくのごときの常備軍はもちろん無代価にて平時に整えおくことあたわず。されば欧州諸国の人民は年々歳々いくばくの軍費を負担するか。吾人はかつて『毎日新聞』が掲載したる英国ロンドン万国仲裁平和協会の調査にかかる一八八三年の報告書を見るに墺・英・露・仏・独・伊六国の歳出および軍費の割合は実に左のごとし。
国名/項目 歳出(ポンド) 海陸軍費(ポンド) 百についての割合
墺国 九三、六一〇、五五五 一三、四一三、七九五 一四
独国 一一〇、八〇九、八九三 二二、六二四、七四九 二〇
仏国 一三六、一三七、六〇七 三三、七三〇、七八三 二五
英国 八九、〇〇四、四五六 三一、四二〇、七五五 三五
伊国 六一、四八九、〇四七 一二、〇五五、五八九 二〇
露国 一二九、四一七、五七〇 四六、一〇二、五〇〇 三六
 しかしてひとりこれにとどまらずかの軍備のために募集したる国債もまた驚くべき額にして、これを合算すれば、
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二三〇億二一五〇万ドルの多きに上り、その利子のみにても一〇億三七一五万九一七五ドルなり。すなわち英国は三七億九〇〇〇万ドルの公債にて年々一億五六〇〇万ドルの利を払い、露国の公債は三〇億一七五〇万ドルにて年々一億五六〇〇万ドルを支弁せり。仏国の公債は四八億万ドルにて二億七二五〇万ドルの利を払い、ゲルマン国の国債は一五億万ドルにて六七五〇万ドルの利息を支弁せり。
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 かくのごとく吾人は欧州武備の大勢を叙し来たれば、欧州人民の不幸を悲しまざらんと欲するもあたわざるなり。たといルイ・ナポレオンがセバストポールにおいて露国の猛勢を挫《ひし》ぎしとて仏国人民ははたしてこれがためにいくばくの利益を得たるや。たとい仏国に復讐したるをもってビスマルクの雄名は四海を圧したりとて、モルトケの勲章には燦爛《さんらん》たる光輝を添えたりとて、ゲルマン人民ははたしてこれがためにいくばくの利益を得たるや。パーマーストン、ビーコンスフィールド諸公がアフリカもしくはアジアの諸蛮族と綿々として絶えざる無名の戦争をなし、英国の版図に幾分を加えたりとて、英国人民が得るところははたして失うところを償うに足るや。近くはかのフェリー氏が安南事件について清国と兵を構え、一万五千の兵士を失い、四三〇〇ポンドを消費し、あまつさえかのクルペー提督をして東京《トンキン》の瘴烟毒霧《しょうえんどくむ》に暴露せしめ、空しくインド洋の藻屑とならしめたるも、また英国内閣がかのゴードン将軍をして刀折れ矢尽き茫々《ぼうぼう》たるスーダン熱沙《ねっさ》の大漠《たいばく》に、その英魂|毅魄《きはく》を埋《うず》めしめたるも、英仏人民に向かってはたしてさらにいくばくの愉快と幸福とを増加せしめたるか。これを思えば、君に憑《よ》って話すなかれ封侯のこと。一将功成って万骨枯る、とシナ古代の詩人が詠じたるもはなはだ道理あることを覚うるなり。かのジョン・ブライト氏が「余は清国戦争・クリミア戦争・アフガン戦争・ズール戦争・エジプト戦争のごときみなその決して得策にあらざるを論じたり。おもうに戦争によりて金銭上の利益を得たるものおよび戦功によりて官位を進められ、尊爵を得たるもののほかは、少しく思慮あるキリスト教信者のごときは、みなその戦争の不正なるを非難すべし」といいしは、実に欧州人民の心事を描き出したるの語といわざるべからず。
 これを過去に徴し、これを現今に察するに、欧州諸国の形勢は腕力主義の頂上に達したるものといわざるべからず。かくのごとく武備機関の発達したるは千古の歴史においていまだその比例を見ざるほどなりといわざるべからず。しからばすなわち軍隊組織の精神はひとり武備の一点にとどまらず。その勢力を社会の全隅に及ぼさざるべからざるは自然の理にして、かつすでにこれを及ぼしたるの事実あることは吾人が歴々証明するところなり。泰山に登らざればもって天下の高を知るあたわず。黄河を見ざればもって天下の深を知るあたわず。ベルリンに遊ばざればもって学問の英華を知るあたわずとして天下の書生が欽慕おくあたわざる哲学の楽園、碩儒《せきじゅ》の淵叢《えんそう》たるゲルマン帝国のごとき、その政治ははたして人民の幸福を進捗《しんちょく》するに足るか。およそ社会が完全の進歩を成就するまでは、いかなる社会といえども空論世界の譏《そし》りを免るるあたわざるはもちろんなれども、天下万邦、いまだゲルマンのごとくはなはだしき空論世界あらざるは吾人が実にゲルマン人民のために浩歎《こうたん》するところなり。ゲルマンの哲学・政学・法学者中には随分深奥精緻の議論をなし、あるいは各国制度の得失を批評したる人さえなきにあらざれども、そのいうところ、説くところははたしていくばくかよくその国家の制度に実行したるか。吾人あるいは恐るスタイン(オーストリア国の博士)千言の議論は、ビスマルクの一|恫※[#「りっしんべん+曷」、第4水準2-12-59]《どうかつ》にも値するあたわざることを。
 試みに見よ。一八七〇年|普仏《ふふつ》の戦争後、ゲルマン帝国の運動を見よ。かの鉄公、ビスマルクがいわゆる国家社会主義《ステートソシアリズム》すなわち国家専制法なるものはようやくにしてその頭角を社会の水面に顕《あら》わし、一八七一年には、帝国議会をして向う三ヵ年間|据置《すえおき》の帝国軍費を議決せしめ、同七四年には向う七ヵ年据置の軍費を議決せしめ、同じく八〇年にはさらに多額なる軍費をば同様の議決をなさしめたるにあらずや。すでにかくのごとくんば議会の権力はたしていずれのところにかある。ピームがいわゆる議会にしてその権力なきときにおいてはただ専制の器械たるに過ぎずといいしは、移してもってゲルマン帝国の議会を評すべし。かの下士官の年功あるものはもって文官に選挙し、地方郡区の人民は桓々《かんかん》たる武夫をばその牧民官と仰がざるべからざらしめ、しかしていかなる高官大位の人も、いかなる博学多識の大学校の博士も、もしくは各中小学の教師も、ことごとく一年間の兵役を負担せしめ、しかしてかの霊魂世界を支配するの僧侶さえももって国家の威権のもとに圧服し、その宗門の規律にせよ、その制度にせよ、その得度の方法にせよ、その一挙手一投足は国家すなわちむしろ政府の指令を仰がざるべからざるに至らしめたり。それゲルマンは宗教改革の故郷なり。実にかのローマ法王レオ第十世の暴威に抵抗し、赤手を揮《ふる》うて起ちたるのマルチン・ルーテルは低地ゲルマンの氷山中より出でたり。しかして今やゲルマン政府の宗教に干渉するやローマ法王よりもはなはだし。おもうにルーテルをして地下に霊あらしめばそれこれをなにとかいわん。ひとりこれにとどまらず。経済世界もまた政府の蹂躙《じゅうりん》するところとなり、その文明社会においてもっとも活溌の分配系なる鉄道のごとき、すでにその帝国を通して四分の三をあげて官有鉄道とし、その他あるいは保護税を盛んにし、利息制限法を再興し、日曜日の労作を牽制《けんせい》し、あるいは郵便法を拡充して銀行の事務をも奪わんと欲するがごとき、またはシナ戦国の政治家商君の遺法ともいうべき伍組を設け、もって強迫の結合を厳にし、あるいは国家保険の法を設けて工匠の手足を縛せんとしたるごとき、またあるいは数年において社会党の結社を解散せしむること二二四。新聞雑誌の発行を差し止めたるもの一八〇。書籍出版を禁止する一三七に超えたるがごとき、またあるいは本年一月二十六日プロシア国国会においてビスマルク公がプロシア国領分にあるポーランド人を放逐するの議案を発したるがごとき、一としてその運動の方向を卜《ぼく》すべからざるものはあらず。これを要するにその運動は直接にも間接にもただ国家の権力を増長して一個人を呑滅するにあるは昭々《しょうしょう》として火を見るがごとく、帝国の権力は駸々乎《しんしんこ》として蚕虫《さんちゅう》が桑葉《そうよう》を食うがごとく、今はすでに喫し尽くしほとんど剰《あま》すところなきに至れり。人つねにいう。第十九世紀の運動は自由主義の運動なりと。しかれども吾人はこれを断言せんとす。ゲルマン帝国の運動は専制主義の運動なりと。吾人はただゲルマン帝国といい、ゲルマン人民といわず。なんとなればただ国家ありて一個の人民あらざればなり。いわゆる理論の天国にして実際の地獄とはそれこの国の謂《い》いならん。しかりしこうして露国のごときはさらにはなはだしきものあり。露国の惨状はいやしくも眼あるものはこれを観、耳あるものはこれを聞くべし。ゆえに吾人はこれを喋々《ちょうちょう》するを要せず。ただ左に一篇の詩を掲ぐるをもって充分なりと信ず。けだしこの詩は千余年前シナの詩人がその時事を諷刺したるものにして、その沈欝《ちんうつ》悲壮の音はあたかも今日露国の現状を描写するに適当なるを覚うるなり。
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車※[#「車+隣のつくり」、第3水準1-92-48]々馬蕭々。行人弓箭各在[#レ]腰。爺嬢妻子走相送。塵埃不[#レ]見咸陽橋。牽[#レ]衣頓[#レ]足※[#「てへん+闌」、第4水準2-13-61][#レ]道哭。哭声直上干[#二]雲霄[#一]。道傍過者問[#二]行人[#一]。行人但云点行頻。或従[#二]十五[#一]北防[#レ]河。便至[#二]四十[#一]西営[#レ]田。去時里正与裏頭。帰来頭白還戍[#レ]辺。辺庭流血成[#二]海水[#一]。武皇開[#レ]辺意未[#レ]已。君不[#レ]見漢家山東二百州。千村万落生[#二]荊杞[#一]。縦有[#三]健婦把[#二]鋤犂[#一]。禾生[#二]隴畆[#一]無[#二]東西[#一]。況復秦兵耐[#二]苦戦[#一]。被[#レ]駆不[#レ]異[#二]犬与[#レ][#一]鶏。長者雖[#レ]有[#レ]問。役夫敢伸[#レ]恨。且如[#二]今年冬[#一]。未[#レ]休[#二]関西卒[#一]。県官急索[#レ]租。租税従[#レ]何出。信知生[#レ]男悪。反是生[#レ]女好。生[#レ]女猶得[#レ]嫁[#二]比隣[#一]。生[#レ]男埋没随[#二]百草[#一]。君不[#レ]見青海頭。古来白骨無[#二]久収[#一]。新鬼煩寃旧鬼哭。天陰雨湿声啾々。
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 世人願わくはこの詩を読んで東洋詩人得意の大言となすなかれ。実に露国の残酷なるありさまはこの巧妙なる句をもってすら充分には描写するあたわざるに苦しむなり。もしこれを疑う人あらば請う北海の朔風《さくふう》に櫛《くしけず》り、寒山の氷雪に浴し、鉄鎖に繋《つな》がれてシベリアの採鉱場に苦役する虚無党の罪人に向かってこれを問え。
 ああかくのごときはあにひとり二国にとどまらんや。墺といい、伊といい、あるいは英仏といい、みな幾分かその臭味を帯《お》ばざるものはあらず。ただかの二国はことにそのはなはだしきを見るのみ。吾人は今なおこれを記憶す、かの平和主義の泰山北斗たるブライト氏が、去年六月かつて人に向かって欧州の現状を説きたる一節を。
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今や財利はことごとくこれを兵備のために併呑せられ、人民の利益はもっとも忌むべき悪《にく》むべき外交政略ちょう妄想のためにこれを犠牲に供し、国光国栄の妄想を主として一般人民の真実なる利益を蹂躙《じゅうりん》せり。余実に欧州はまさに恐るべき一大変乱に陥るの方向に進行せりと思考せざるをえざるなり。兵備拡張は窮《きわ》まりなく堪えらるべきものにあらざれば、おそらく人民は絶望に沈みて、早晩帝王と帝王の名によって政権を握れる偽政治家とを一掃することあるやも測りがたし。
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 欧州の現状すでにかくのごとし。しからばすなわちその将来はいかん。そもそも武備機関のかくのごとく発達したるは過去において武力運動の過重なる結果なりといえども、その将来に関しては実に武力運動の原因たらざるべからざるの理あり。かの常備軍はもとより防御の精神より設けたるものなりといえども、敵を防ぐの刀剣は一転して敵を攻むるの刀剣たるがごとく、また一変して攻略の精神となすを得るものなり。その精神は平和を維持せんがためにこれを整えたるにもせよ、一変してむしろ戦争の媒介ともなるを得るものなり。かのいわゆる果合《はたしあ》いなるもの行なわれたるはわが封建武士が双刀を横たえたるのときにおいてもっともはなはだしかりしを知らば、欧州将来の果合いもまた莫大なる常備軍あるがためなるなきを知らんや。実にその外観において欧州諸国の運動を支配するの法律は万国公法なれども、その公法なるものはブライト氏がいわゆる「習慣より成立したる錯雑撞着《さくざつどうちゃく》の律例にして、しかしてその習慣なるものはつねに強者の意のままに行なわれたるの習慣」なれば、かの公法なるものが首尾よく行なわれたればとて、もって天下の泰平を卜するには足らず。いわんや、この公法なるものは各国を支配するの君主にあらずして、かえって各国より支配せらるるの奴隷たるにおいてをや。またいわんやビスマルクがいわゆる頼むべきは公法にあらず、ただ鮮血と黒鉄とのみなるをや。しからばすなわち欧州諸国の運動を支配するの法律ははたしてなんぞや。すでに習慣より成立したるの万国公法にあらざるを知らば、またなんじの敵を愛し、なんじを詛《のろ》うものを祝し、なんじを憎むものを善視し、なんじを虐遇迫害するもののために祈祷するの『新約聖書』にあらざることはさらに分明なり。カーライルいわずや。たれにても二個人間の際に発出する最後の問題は、ただわれよく汝を殺さんか、そもそも汝よく我を殺さんかの一問題なりと。吾人はさらに単刀直入もって欧州現今の国際法を断言すべし。曰く欧州の外交政略なるものはその隣を愛してその敵を憎むにとどまらず。目にて目を償い、歯にて歯を償うにとどまらず。その最後の問題はただわが国よく汝の国を併呑せんか、汝の国よくわが国を併呑せんかの一問題に帰着することを。すでにこれをもって現今社会を支配することと知らば、その将来もまた知るべし。はたしてしからば欧州将来の運動はいかなる運動なるべきか。

 

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