インターネットの思想史

戻る ホーム 上へ 進む

 

 インターネットの思想史
  喜多千草
   青土社・平成15年

 青土社は宗教・哲学書の版元なので、本書を思想書のたぐいと勘違いしてしまいそうです。げんに私が買ったときも、哲学書と並べて売られていました。でも、ここでいう「思想史」とは、あくまで「開発・設計思想」の歴史です。

 本書は、インターネットの開発思想を、歴史的に分析した学術論文です。これまで絶対化・神格化されてきたJ.C.R.リックライダーの役割を、批判的に問い直しています。従来の通説では、インターネットの基本的なビジョンは、J.C.R.リックライダー(ARPAの初代IPTO部長)が作ったものであるとされてきました。実際のインターネット開発者は、そのビジョンを継承したものと考えられています。また、リックライダーのビジョンは、アルトのような対話型パーソナル・ワークステーションにも受け継がれたと考えられています。著者は、そのような単線的な歴史観を排して、リックライダーと対立する開発思想史の存在に、光を当てています。

 著者は技術開発の過程を「設計思想の段階」、「技術的アジェンダ(実行計画)の段階」、「実際の設計」の3段階に分類します。その各段階で、さまざまな人々の思惑が複雑に絡み合うさまを描き出しています。リックライダーとは対照的な考え方の持ち主として、ウェズリー・クラークの存在に注目したのは、ひょっとすると本書が初めてかもしれません。これがきっかけで、本格的なクラーク伝が出版されるといいのですが。

 著者は、NHKで特番製作に携わっていたジャーナリストでしたが、コンピュータ史研究を志して大学(京都大学大学院)に復学した変わり種です。本書は、その成果たる博士論文の前半部分です。論文執筆のためにアメリカで取材し、最近公開されたJ.C.R.リックライダーやロバート・テイラーのARPA時代の個人ファイルなど、最新の資料を駆使しています。関係者への直接取材もおこなって、緻密な論旨を展開しています。
 『複雑系』のドキュメンタリー小説で知られるミッチェル・ワールドロップ氏が、最近、リックライダーの伝記『ドリームマシーン』を出版しています。日本ではまだ訳されていないのが残念です。喜多氏の取材は、ワールドロップ氏の取材とほぼ同時期だったそうです。人を介して喜多氏の草稿を見たワールドロップ氏は、『ドリームマシーン』のあとがきに、喜多氏の貢献を示しているとのことです。
 なお、本書には収録されなかった博士論文の後半部分では、アルトの設計思想が論じられているそうです。こちらの部分も、機会があれば出版されるとのことで、刊行が期待されます。
 (カゼの秀丸さん)


戻る ホーム 上へ 進む

このホームページは、まだまだ赤ちゃんの段階です。お気付きの点がありましたら、メールか掲示板への書き込みをお願いします。あなたがお持ちの情報をお待ちしております。頂いた情報は、このホームページ並びに将来完成するはずのコンピュータ博物館で使用させて頂くことを明記しておきます。メールはこちらまで